April 19, 2005

コミュニケーション相手の選択

現在「日本語とコミュニケーション」なるゼミを受講しています。
日本語を使って留学生と日本人学生がお互いの違いを知り異文化を理解し、
最終的にはお互いの関係を構築しよう、とかそういう感じのものです。

その第二回が昨日ありまして、お題は「話す内容とする相手」。
「政治観」、「ポルノ観」、「自分の性格」、「自分の顔や体のこと」、
「妊娠中絶観」、「自分の恋人」……etcetcといった内容の話題を
「ただの知人」、「普通の友達」、「同性の親友」、「異性の親友」に話すかを
それぞれ○×形式で埋めていき
できあがったものをグループで見せ合いながらお互いを分析し合うというものです。
予断ですがポルノ観の解釈で同じ学科の留学生と一緒に悩みました。
実は未だに何を言わんとしているのかがよく分からなかったりします。

見せ合って分かったことですが俺の表は他の人と違っている部分があって
それは「同性の親友に話す」と「異性の親友に話す」がかなり排他的だったということだったんです。
例えば「政治観」や「職業観」は同性に話し、異性には「性関係」や「対人関係」など。
自分ではほとんど無意識に近い判断だったので、その理由というのは殆ど考えたこともありませんでした。
ゼミが終わったあとにも何度も反芻していたのですがなかなか自分でも思い当たるふしがありません。
と、ふと、そういえば「男は問題解決を求め、女は同情を求める」という話があったなと思い出したのです。

今になってやっと分かったことなのですが、
する話題とそこで相手に望む事柄に応じて巧妙にその相手を選択していたんじゃないかと思うのです。
つまりスティミュラントを得たいときには男、シンパシーを得たいときには女、といった具合に。
人間の無意識とは思った以上に深遠なものなのかもしれません。

Posted by Samourai | Comments(0) | TrackBack (0)