March 11, 2005

ポスト「ポスト東京裁判史観」

現代の若者の視点から日本人意識を探ってみたい。
そのために具合の良いツールとしてここでは東京裁判史観(自虐史観)を引用する。

歴史というのがそもそもは同時代的な解釈の上に成り立っているものなのだから
本来は連続的な空間として扱うべきであるが、
果たして現実にそれを行えるほどの高度なCPUを搭載した人が居るのだろうか。
やはり離散的な時代解釈というものが長期的な整合性を維持するには現実的であるように思う。
そうすると有史前後から統一的に筆を進める必要があるが、
そこまで統括的な日本史・アジア史・世界史の知識を持ち合わせていないので
適宜曖昧さを残しながら進めてしまう。

では東京裁判を基点に歴史を辿ってみるとどうなるだろうか。
東京裁判→大東亜共栄圏構想→アンチ中国思想→中華思想→中国史
人それぞれにその解釈は異なるだろうがその一つの例としてこのようになると思う。
先に書いてしまうと東京裁判以後については
現代的日本的個人主義←非自虐史観←モラルハザード←外国(人)コンプレックス←
 ←反自虐史観←ポスト自虐史観←自虐史観←東京裁判
上記のように解析していくことで現代日本人を描くことができると考えている。

(1)東京裁判における事後法は一体何を裁き、何を求めたのか。
まず一般の(国内)裁判においては『集団における個』という位置づけによって
集団の利益に照らし合わせた判決が下る。
程度を逸脱した損害を与えた個であれば(属する地域の法によるが)極刑に処され、
その人権が集団的利益に優越すれば見合った懲罰的更生によって集団に帰される。
しかし国際裁判においては個が国に当たるがそれは単なる個ではなく超越的個として解釈される。
故に『個々の相互関係』がその根底にある。
更に、一つの尺度によって(時には誤って)一国の将来を決めうるという点で
国内裁判を遥かに凌ぐ慎重さを以って当たらなければならないのである。
謂ってしまえば裁判後のより良い国際社会を、あくまでも主権国家を中核としながら、
再構築することがその目的であるのだ。

というのは実際は建前であり、現実的には寡頭的視野から
大東亜共栄圏構想や植民地思想と変わらない暴力によって弾劾されたと思う。
欧州的民主主義があたかもグローバルスタンダードであるかのように振舞われている現代国際社会では、
どちらであってもあまり意味のあることとは言えないが。
この点については議論の余地が今なお多く残っている部分であり、
それはつまりこれを叩き台に今後不可避であろう国際裁判の在り方を追求することが
非常に建設的なものをもたらすことと思うが本題ではないので省略。
とは言っても結果論だけを書けば見事に自虐史観が根付き国際社会上の不安分子としての
日本が取り除かれたというのは否定のできない事実であると思う。
喩えそれが一種の流感であったとしても、効果の持続するワクチンとして
日本を長期的に子飼い化させたのだから。
しかしながら事後法というものが法哲学上最大の禁忌であったのにも関わらず
暴力的とも言える裁判を断行した戦勝国は一体何を思ったのだろう。
#古代ローマにおける十二表法が最古にして総ての(西洋的)法の親でありその本質が『法の成文化』

(2)大東亜共栄圏構想の起源

未完

Posted by Samourai | Comments(0) | TrackBack (0)