October 19, 2004

社会主義という幻想

社会主義――――――
生産と配分の手段・方法を、社会の成員全体で共有することによって社会を運営していく仕組み

というのは建前に過ぎない。
実際のところは『利己主義』の対語になる『社会』主義という思想に基づいた精神構造である。
産業革命より急速に起こった貧富の差とそれに伴う社会の無秩序化に対する反発であり
ユートピアへの憧憬なのである。
誰もが[同じだけ]幸せに暮らせる世界を作れないだろうか、と。

しかし、常に望む者と望まざる者が同時に存在し、性善説を信ずる人間と性悪説を信ずる人間が共に在る限りは
どちらか一方が考え出した幻想は幻想に過ぎないのであろう。

思うに幸福とは外部の何かを自己とを照らし合せたときに生ずる相対化であり
「誰もが幸せ」というのは「誰もが幸せではない」ということなのである。
「誰にも優しい」とは「誰にも優しくない」ということであるのと同義なのだと思う。
としたときに、誰もが同じだけ働き同じだけを得、同じように食べ、同じように死んでいく中で
自己を一体何と比べられるだろうか。
ただひたすらに内省のみを拠り所としていける人間がどれだけいるだろうか。

プラスはマイナスがマイナスであるからこそプラス足り得るということを忘れてはいけない。

しかし、資本主義そのものを奨励しているのではない。
政府が『大きい政府』でも『小さい政府』でもなく『できるだけ小さい政府』として
必要な場所に必要なだけの手を差し伸べるという形で資本主義の持つ構造的傾きを緩和させる必要はある。
また、急激な変化を起こさせない、もしくは抑制する必要がある。
行き過ぎた淘汰は殺戮であり、緩やかに社会が進む中での自然淘汰こそがもっともあるべき姿である。

Posted by Samourai | Comments(0) | TrackBack (0)