福祉というのは要するに社会の自然収束点に対して、ほんの少し手を加えることで
社会的底辺にいる人たちへの救済をすること。
平たく言えばお金持ちの幸せを貧しい人たちに分けてあげることとも言えるかもしれません。
経済学的には『富の再分配』と定義できます。
ある最底辺の社会的資産を定め、それを下回るような国民に対して下限までの救済を行うというのが簡潔ですが
このボーダーラインが一生懸命に働く人の内の最底辺と比較してあまり差がない場合はどうでしょう。
最低限でもいいから働かなくても暮らせるほうが良いと考える人がでてくることは十分に考えられます。
現に知ってる範囲ではドイツやイギリスでそのような問題、
労働意欲の低下・無職者の増加という自体が発生しています。
つまりこのボーダーラインは慎重に決める必要があるのです。
更に、経済状況というのは年毎に日毎に変わりますから同じ設定値のまま
何年もやっていくというのは現実的ではありません。
しかし一年に一度なり半年に一度なりそれを策定するというのもまた非現実的なものです。
また、この福祉の網の目を潜ってその上に胡坐をかくような不届き者も現れかねません。
つまり福祉というのは非常に難しいのです。
世界の歴史の中で最初の福祉はなんだったでしょうか。
それはローマ帝国の『パンとサーカス』にあるように
ローマ国籍者全員に餓死しない程度の小麦粉とそして軍役という"仕事の供給"です。
サーカスは?というとこれは実際には政治的な駆け引きの道具に過ぎず
福祉という精神からは外れます。
昔の軍役というと基本的に無給で食事が出るだけ、武器防具も自腹というものでしたが
首都ローマに世界各国から貧困者が集まり始めたことに困った元老院によって
無産階級と呼ばれるローマ最底辺に対する仕事としての軍役を成立させたのです。
人間というものは仕事さえ持てばそれなりに働きますから
盗むなり恐喝するなりといった悪事を行うことも減ります。
これって実は福祉としてもっとも重要な要素ではないでしょうか?
なぜ日本政府はもっと仕事の供給を重要視しないのでしょうかね……。
無職者の生活を保障することよりも無職者の仕事先を供給することのほうが遥かに意義があります。
ヨーロッパ諸国家でも言えるですが。
働いていても貧しいという人たちへの救済はその次です。