西洋史を追っていくと辿り着くのですが
これら3つはどうも似てない似たもの同士みたいです。
人類皆兄弟という標語がホントなのかウソなのか考えさせられます。
例えば下のような兄弟たちです。
法律=ローマ
法律の始祖ですね。
ローマがまだ新興国の1つに数えられていた時代に近隣のある国王が最初に作り
その良さを見抜いたローマがよりシステマティックに大系させたようです。
法律=システムと見れば間違いなく始原です。
宗教=ユダヤ教
起源の古さで言えば経典を持つ現代的宗教中で最も古い分類です。
哲学=ギリシア哲学
西洋哲学の源流です。
何でこの3例を選んだかと言うとユダヤ人の住居とギリシア都市国家、ローマ都市が近接しているからです。
さっそく3つの共通項の答えを言ってしまうと「自己規定の在り方」です。
つまり何をもってアイデンティティとし、自己を律するのかというルールの捉え方ですね。
法律・・・自己を含む全体の調和を求める
一人一人の理想は別々にありますが、その最大公約数を絶対ルールとして定め
それ以外の部分については多少の衝突は目を瞑るという考え方です。
異種の人々が混在している集団では驚くほど良く働きます。
そして時代の変化や集団の構成の変化に柔軟に対応して変形していきます。
哲学・・・自己によってのみ自己規定する
いわゆる「男の美学」のようなものです。
俺はこうあらねばならない、こうあるほうがよいという理想そのものです。
だから理想の異なる者同士では争いが起きる場合も多々あるでしょう。
思想の共通項がその社会にない限りはほとんどまともに働きません。
宗教・・・外部によって自己規定する
経典の類を規範として、ただひたすらにそれを守ることを良しとします。
それが良いことか悪いことかに考えを巡らす哲学とは異なり
既にある規範をそのままに取り込むことです。
信仰の異なる者同士の集団ではほとんど社会が働きません。
「信ずる者は救われる」とか「信ぜざれば地獄に落ちる」のような思考がよく見られます。
変化を嫌うのでモーゼの十戒のように2000年以上前のルールが姿を変えずに社会に残ります。
経典原理主義であるイスラム原理主義や仏教では上座仏教、プロテスタントなどがこの定義での純粋な宗教です。
対して大乗仏教やカトリックのように積極的な経典の解釈を通じて
自己の理想を宗教原理に組み込む流派もあります。
こちらはやや哲学的な性質を帯びていると見てよいと思います。
在り方に良さの順序はありませんが、国際社会では法治が一番適合しているように思います。