戦争は正義なのか、悪なのか。
たびたび正義戦争論などの論争が起こるがこの論議がいかにナンセンスなのかをこれから示したい。
なぜナンセンスなのか、ナンセンスな論争をやめないことの如何にナンセンスなことか。
その大きな理由は国際法に対する無知によるところが大きいように思う。
まず、戦争においては一般的な道徳理念や法律が適応できないことを文明人は理解しなければならない。
例えば敵軍兵士に銃を向けられたら、日本国憲法により自衛隊員は敵を射殺することが違法になるか?
正当防衛を抜きにして否である。
そもそもその場において日本国憲法(例えば殺人罪)が効力しないのだ。
警察は国家憲法により拘束されるが、「軍隊」は国際法にのみ縛られるということがまず重要だ。
#日本政府は自衛隊を軍隊ではなく「警察より」としているが、
#この解釈自体もナンセンスである。
#白黒のどちらでもないとしたら、国際法と日本国憲法のどちらに属するのか
#もしくは両方に属するのか。
#どちらにも属する存在などあってはならないのは自明であり
#~よりという解釈は不適当である。
#結局はまたここでも太平洋戦争の呪縛から逃れられない悲しい日本人の姿しか見えない。
#また、軍隊ではなく警察として、つまり民間人として兵器や戦車を携えて戦地に赴くという解釈はナンセンスである。
#だからPKO法や周辺事態法、テロ対策法、イラク復興支援法、有事法までがこの解釈では成り立たなくなる。
国際法も多分野に渡るが、戦争にのみクローズアップする。
国家間、広義には複数国家対複数国家の関係においても
「あらゆる外交的手段」によって自国の利益と平和を獲得する義務と権利を国家は有する。
そして国際法では戦争行為を外交的手段の一つとして認めている。
つまり国際法上は戦争行為が「合法」なのである。
ただし、不戦条約により侵略戦争は禁止されている。
例えばアメリカはイラクの治安平和のために戦争行為をしたと主張しているが
他国内のいかなる事情に関わらず、その国家の内政に向けて武力を行使することは侵略戦争とされるから
今回のイラク戦争は国際法違反である。
また、隣国が他国から侵略を受けていたとしても支援要求を受けなければいかなる直接的支援も行えない。
もし行えばやはりそれも侵略戦争とされる。
侵略戦争は禁止されているが、自衛戦争は認められている。
例えば北朝鮮が誰にも明らかに日本にロケットを向け、燃料を注入したとすれば
このときは自衛手段としてロケット基地を攻撃することは認められているのだ。
#これを石破茂現防衛庁長官は「自衛のための専守防衛的敵地攻撃」として憲法第九条にも合憲との解釈を示した。
#世論的にはいかなる先制攻撃を認めず、というのが現状であるが・・・。
#これはとどのつまり「一発目甘受論」である。
#もし一発目が首都圏に向けられた核弾頭であったらどうなるか、、、未来の地獄絵図が見える。
先ほど、軍隊は国際法にのみ縛られると書いたが、具体的にはジュネーブ条約のことである。
1.敵軍の負傷した兵士を更に攻撃してはいかない
2.民間人を攻撃してはいけない
3.捕虜は人道的に扱わなければいけない
この3つがその主な柱である。
現実には虐待も拷問も行われなかった戦争はないし、民間人の死ななかった戦争もない。
理想と現実は得てして異なるものであり、その間で被害を受けるのはいつも決まって平和を希求する弱者であった。
だが、現実はどうであれ破ってよしとはならない。
このジュネーブ条約さえ守れば、いくら殺人行為を行っても殺人罪に問われないのか?
これは是である。
例えば他国で殺人の限りを尽くした極悪人がいたとしてもその人間を日本国憲法で裁くことはできない。
これには、アメリカ合衆国が良い例になるだろう。
アメリカは50の州から成り立つ連邦国である。
その一つひとつの州は州憲法を持ち、それぞれは完全に独立している。
Aの州に籍を持つ人がAの中で犯罪を行ったらそのときはAの法律によって裁かれるが
もしAと他州との境界を越えて犯罪を行うとそれはAの法律では裁けない。
こういった場合のために合衆国憲法を持ち、複数の州をまたぐ犯罪においてはこの法律によって裁かれる。
このことから分かるように、国際法にのみ縛られているときに行った如何なる行為もその後に日本国憲法で裁くことは不可能なのだ。
#第二次世界大戦後の東京裁判はまったく違法なものであった。
#唯一、国際法に通じていたパール判事をしてこう言わせた。
#国際法に拠らず、事後法によって行われた裁判を、
#戦勝国による「リンチと何ら変わらない復讐」であり、違法裁判である、と
#事後法であることも大切なポイントである。
#戦後に作られた「平和に対する罪」と「人道に対する罪」という事後法によって多くの日本人が裁かれたのだ。
#現代倫理に照らし合せても非人道的行為であるが、それと法律を混同してはいけない。
では、法律ではなく道徳的には戦場での殺人はどう見られるだろうか?
これもまったく同様である。
道徳の定義はこうだ。
ある社会で、人々がそれによって善悪・正邪を判断し、正しく行為するための規範の総体。
ここでの「ある社会」とは戦地であって日本ではない。
だから日本の道徳理念によって戦地での行為を判断・解釈することはできない。
ただし、個人的感情としての問題ではなく社会としての問題であることは間違えてはならない。
#「俺ならどうするか」と「日本はどうすべきか」は厳密に分ける、これに尽きる。
まだまだ理由となる根拠を挙げることはできるが大きくは以上のような点を踏まえて、解釈することができる。
要点をまとめると
1.国際法において外交手段としての戦争は合法であること
2.侵略戦争は違法であり、どんな正義をかざして戦争を行ってもそれは侵略戦争になること
3.戦地での殺人行為は国際法に準ずればなんら悪とする根拠を持たないこと