入院って暇だしね。
気張ってたくさん読んじゃいましたよ。
・日本の論点2004
・常識「日本の論点」
常識のほうは現代日本の問題を明らかにするという点で参考になったが
日本の論点2004は名前から分かるとおりに年刊のもので
最新の論文がすごい量(800ページ分くらい)載せてある。
ただ、肝心の論文のレベルというかクオリティが低くて読む気がしない。
ある問題に対して、こういう考え方もある、そういう考え方もある
というその一つひとつの考え方を列挙したようなものである。
だから通読して全てを覚えるのはとてもじゃないが効率的ではないと思う。
オレの場合は特に興味深い範囲だけ抜き出して読み込んでみた。
これを通読するよりはもっとクオリティの高い別の本を分野ごとに選んで読むほうがいいと思う。
・マネジメント
ちょっと考えていたような本とは違った。
経営者側に経っての具体的な方法論というべきものだろうか。
差し迫った状況にある人間以外にはとりわけ必要なものではないと思う(当たり前だ)。
・スカートの風
・続スカートの風
・新スカートの風
この著者は根っからの韓国人で韓国の大学を卒業後に日本に留学に来たのだそうだ。
日本のよさ、日本人のよさ、日本文化のよさに触れるうちに
日韓に横たわる重大な問題を扱った本を書くようになったらしい。
中身は非常に良い。
客観性を持った日本人論も展開されるし、
ネイティブに見た韓国人論もあり、
両者の文化を熟知したという点での日韓論も書けている。
3重の意味ですばらしい功績を持った本だと思う。
この三冊を読めば、なぜ韓国人はこういうことをするのか、こういうことを言うのかの理由が判然とする。
そして著者が気がついたもっとも重大な問題はこうである。
日本人も韓国人も金髪の外人に対しては外人だと認める。
どういうことかというと、相手からいきなり抱きしめられ頬にキスをされても
それは相手の文化なのだと理解して尊重することができる。
しかし、日韓の間では外見はそっくり、地理的にも一番近い国であることや、言語的にも似ている、
わずかン十年前は朝鮮半島が大日本帝国の領土であったことなどから
どうしても金髪の外人に対するような客観的な外人認識ができず、同じようには文化の違いを尊重できないのだ。
例えばこんな話があった。
日本人なら縦え家族でも夫婦でも友達でも
助けられたら「ありがとう」、迷惑をかけたら「ごめん」、頼みごとをするときは「お願い」と言うのが当然である。
ところが韓国ではこれを言ってはいけないのだ。
もし韓国人の友達にこれを言ってしまうととても嫌な感情を持つらしい。
日本では「親しき仲にも礼儀あり」という諺があるように、大切な間柄ほど相手を気遣うのがヨシとされる。
逆に韓国では親しくなるほど気を遣ってはいけない。
迷惑をかけるほどそれは親しい証拠となるのだ。
これは一例にすぎず、著者は本の中で数多の日韓の文化的相違点を明らかにしている。
まずはお互いに相手が他文化であること、外国人であることを認識することから日韓問題解消は始まるのではないだろうか。
・こころの処方箋
タイトルの通りであり、臨床心理学者が人間の心とはどういうものか、というスタンスで書いている。
残念なことに色々な例え話を引き合いにだすが
どの話も本質的な部分で喩えになっておらず、とてもじゃないが読み進められなかった。
つまらない解析的・論理的思考をしない人なら中々に示唆的な本かもしれない。
ただ、普段から思考する習慣にある人にとっては何ら新しいことではないし
そんなことわざわざ言わないでも知ってるよ、という中身である。
評判がいいので買ったが全く失敗・・・。
・ヨーロッパ思想入門
ヨーロッパ思想はどこから来たのかという本質的な問題から始め
現代哲学にまでをわずか250ページの紙面でまとめあげているという点で素晴らしい。
中身の量ではどうしても足りなくなるが
一点一点を見ていては気づかないような、つまり木ではなく森を見て初めて気がつくような問題を書いている。
書くという段においてのスタンスを明らかにしている点でよくアイデアが練られていると思わせる。
・昭和史
これを読めば昭和の知識なんて全くない人にも昭和がわかる、というくらいにすごい本。
確かに分厚いが文体が柔らかくて読み疲れがない。
なぜ高等教育を受けてきた人間がわずかン十年前の歴史を読む必要があるか・・・。
実は政府や教育界、マスメディアまでが一致団結してこの「昭和」問題から逃げているからだと思う。
大東亜戦争の失態やポツダム宣言受諾など、今になってもまだ気持ちの整理ができていない問題が
わずか数年の間に立て続けに起きたからだ。
上に立つ人間が未だに客観視できていないのだ。
だから「新しい歴史教科書を作る会」なんて問題もおきる。
この本自体は司馬遼太郎のいわゆる司馬史観に倣った形である。
当然、この司馬史観すらも客観的とは言えないのだ。
何が本当に正しかったのか、これが明らかになるまでにはまだまだ時間がかかりそうである。
ただ、どういう問題が昭和時代におきたのか、またその原因はなんだったのかは
膨大な史料をつなぎ合わせて極めて正しい追っているように思う。
解釈の問題は抜きにして無味乾燥な歴史という成分自体を知るにはまさしく良書だと思う。
思想的にもおしつけがましくないので、読んでいてうっとおしくならない点でもヨシ。
・Master Of The Game
シドニィショルダンの「ゲームの達人」の原語版である。
まあ暇つぶしに。